2021/09/30

黄桃の缶を開ければ両膝を抱へて沈む女が見える/高木佳子

 黄桃の缶を開ければ両膝を抱へて沈む女が見える/高木佳子

短歌研究2021年10月号より

一瞬で景が浮かび、そして苦しくなった。つるりとした黄桃は
なるほど頭をもたげ、背中を丸めた女に見える。 でもどうして
そんなふうに見えたのか、覗き込み、見おろすそれは
自分自身ではなかったか。沈む女。もう動かない。
引き上げられるのをじっと待つようで。苦しい。


2021/09/29

ブラックダリア黒蝶5号の花を見て真夏に向かうこころ定まる/佐伯裕子

 ブラックダリア黒蝶5号の花を見て真夏に向かうこころ定まる/佐伯裕子

短歌研究2021年10月号より

店頭に並ぶ鉢花を思い浮かべた。可愛らしい春の花から
キク科の花が増える。ブラックダリアはその中でも大きくて、
花の色も目を引く。春と言うには暑く、夏を思わせる中で
何を決意したんだろう。これから向かう先に花の色が見えて、
強くてかっこいい。

2021/09/24

「熱殺蜂球」このすさまじき殺し方たとへばあいつにと思はぬでもない/永田和宏

 「熱殺蜂球」このすさまじき殺し方たとへばあいつにと思はぬでもない/永田和宏

短歌研究2021年10月号より

誰かの黒い気持ちを見て少し安心する自分がいる。この歌がそう。
自分の命を削ってまでして殺すのに、あいつにと思ってしまう。
誰かに言うわけでもなく、本当に殺したい程憎んでる訳でもないと思う。
ふと思い出す小さな憎悪。それこそ熱で溶けてしまえばいいのに。




2021/09/22

しつけ糸切って解放してやればスカートもひとすじの糸も自由だ/飯田有子

 しつけ糸切って解放してやればスカートもひとすじの糸も自由だ/飯田有子

短歌研究2021年8月号より

スカートの方に目が行きがちだけど、言われてみれば確かに
その通りだ。女とは、自由とは、縛りつけてるものとは何か。
ジェンダーが叫ばれ、価値観が変わって、受け入れること、
ついていけなくなること。自由だけど、自由なのに、
どこにも行けない。自分に置き換えて考えてしまう。


2021/09/21

降ることを忘れた雨が溜まりゆくはるけき場所がこころのすべて/本多真弓

 降ることを忘れた雨が溜まりゆくはるけき場所がこころのすべて/本多真弓

短歌研究2021年7月号より

どうしても、雨は涙かなと思ってしまう。心ははるか遠い所へ
行ってしまって、泣くことさえも忘れてしまうような。
こころのすべてをそんな遠い場所、置かなければいけない状況。
それでも重い雲を見て、あそこに心があると思う。
辛さの中に希望があって、でも切ない。


2021/09/19

眠るため消した電気だ。悲しみを思い返して泣くためじゃない/工藤吉生

眠るため消した電気だ。悲しみを思い返して泣くためじゃない/工藤吉生

歌集『世界で一番すばらしい俺』より

心の支えになってる一首。どうして布団に入ると悲しいことばかり
思い出してしまうのか。早く寝なきゃって思えば思う程。
当たり前のことが、こんなにも心強く感じる。
夜は悲しみも包み込んでくれるはずと思わせてくれる歌。



2021/09/17

さしだせばどうなったかと思いつつ自分のためにさす傘の紺/工藤吉生

 さしだせばどうなったかと思いつつ自分のためにさす傘の紺/工藤吉生

歌集『世界で一番すばらしい俺』より

紺の傘、ではなく、傘の紺。夜の色だと思った。
日常に溢れる「もし」。できないと分かっていても。それでも。
迷いとか後悔とかが見え隠れしつつ、自分のためにさす。
紺色って不思議な色だと思う。夜の色で、でも真っ暗じゃない。
包み込む色。いいなぁ。好きだなぁ。


2021/09/16

目が合ったあなたは去った軽蔑に致死量があることがわかった/工藤吉生

 目が合ったあなたは去った軽蔑に致死量があることがわかった/工藤吉生

歌集『世界で一番すばらしい俺』より

短編映画を見て。初読の時も何て残酷なんだと胸が詰まったが、
映像になると剛力ちゃんの表情もあって涙目になってしまった。
なかなかしんどいな。軽蔑の致死量なんて知らないままでいたい。
鈍感でありたい。鈍感すぎてもダメだけど。好きな人の視線は痛い。


2021/09/15

街灯のあかりの下に一羽ずつ怒りの鳩を置いてゆく道/小島なお

 街灯のあかりの下に一羽ずつ怒りの鳩を置いてゆく道/小島なお

短歌研究2021年8月号より

意味を理解できないけれど、心に引っ掛かってる一首。
平和の象徴の鳩。無機質な街灯のあかり。怒っているのは鳩?
道に置いてゆくのか、道が置いてゆくのか。オレンジ色の街灯。
夜の静けさ。何だろう。分からないけど怒りだけが
ぽつんと浮かんで印象的。

2021/09/14

紫陽花が自重に耐へて咲くさまを思へりトイレで嘔吐しながら/睦月都

 紫陽花が自重に耐へて咲くさまを思へりトイレで嘔吐しながら/睦月都

短歌研究2021年8月号より

上の句の美しさから下の句への繋がりに驚く。
ひどく苦しいだろうに、そこに浮かぶのは頭をもたげた紫陽花で
雨に当たっている気がした。苦しさが少しでも楽になってくれと、
祈るような気持ちだろうに、花が出てくるのがいいな。で
も自重に耐えて、で苦しさも伝わる。好き。


2021/09/10

いちじくをふたつに割った形状のマンドリンはあなたに抱かれて/工藤吉生

 いちじくをふたつに割った形状のマンドリンはあなたに抱かれて/工藤吉生

歌集『世界で一番すばらしい俺』より

楽器に疎いので調べた。小さくて見た目も音もコロコロしてかわいい。
座って抱えるように弾くので、「抱かれて」という表現が凄く合う。
良く言われる例えらしいけど、好きな人が持っていると、
こんなにもみずみずしくて、艶めいた歌になるんだね。素敵。